「冥銭」という言葉があることを最近知りました。

日本風に言えば「三途の川の渡し賃」ということです。

人間というものはこの地球という近くという薄皮で、まぁ、ちょっと変な言い方をすれば顔ダニのように棲息しております。

といいますのも、地球を1mの球体にするとエベレストですら2mmの突起にしかならないそうですから、おしなべて人間などは表面を蠢く顔ダニ以下のサイズと言うことになります。

そんな人類ですが、まず食べて繁殖するという本能はもとより、どこか考え方にも基本的な根本原理を持っているなぁと思うところがあります。

人が死んだら、その先には地獄天国といった死後の世界があり、そこへ行くには川があり、その川を渡るために幾ばくかの通行料がいるという考え方です。



つい先日、ポーランドで子供ばかりの115体の遺骨が発見されたというニュースを目にしました。
その口には『死者のオボロス貨』もしくは『カロンのオボロス貨』という、三途の川の渡し珍が口に含まれていたそうです。

前回、六文銭とともに埋葬されたいた行き倒れの方のエントリーをいたしましたが、基本的な考えは一緒で、死んだときに三途の川を渡るときにお金がないから困るだろうから……ということで、口にお金を含ませているようです。

ここで、「お金を口に含ませる」という謎儀式が問題となりますが、調べると、なんと! 古代ここらへん(ローマ)では、財布がわりに小銭を口に含んでいくことが習慣だったようです。

とっとこハム太郎かな?

つまり、死者の口に銭を含ませることは、お金を携帯させるという日常行為だったと言うことです。

こういった風習は世界各国でいろいろとあるようですね。

日本の場合は古くは屈葬とか、生き返っても厄災をもたらさないように石を抱かせたりとかと、死への恐れなんかがありましたが、江戸時代あたりでは死という概念は生とはあいいれない、死んだら普通の人はよっぽどなんかないと祟らないという安心感なのか、六文銭という冥銭を埋葬したようですね、

こういった、冥銭が、宗教の違い年代の違いはあれど、なんとなく人類の共通認識としてあちこちで 同じような現象がみられるのは興味深いですね。

ちなみに、1オロボスは1000円くらいかな?とネットで検索すると想像できましたので、欧羅巴では若干渡し賃は日本よりはお高めのようですね。

うまくまとまりませんが、独自の文化もありつつ、どこかで同じ感覚を持っているという人間は、やはり神が創りたもうた存在かも知れませんね。